ピタゴラス音律(Pythagorean tuning)は、古代ギリシャの数学者ピタゴラスが発見した音楽理論の一つで、音楽と数学の深い関係を示す非常に興味深い調律法です。
この音律は、音と音の間の比率(整数比)に基づいており、調和する音を作り出すための原理を提供します。
ピタゴラス音律の基礎—弦と振動数の関係
ピタゴラスは、音楽の基礎を「弦の長さ」とその「音の高さ(周波数)」の関係で説明しました。
彼が行った実験は、弦を一定の張力で張り、その長さを変えることで異なる音が出ることを示しました。
ピタゴラスが注目したのは、弦の長さが特定の整数比である場合、その音同士が調和し、美しく感じられるということです。
たとえば、以下の比率が調和する音程を生み出すとされました。
- 2:1(オクターブ)
弦の長さを半分にすると、1オクターブ高い音が出ます。 - 3:2(完全5度)
弦の長さを2/3にすると、完全5度(ドからソ)の音が出ます。 - 4:3(完全4度)
弦の長さを3/4にすると、完全4度(ドからファ)の音が出ます。
このように、整数比に基づいた音の関係は、ピタゴラス音律の中心的なアイデアです。
彼は、音楽の調和は数学的な比率で説明できると考えました。
ピタゴラス音律の作り方
ピタゴラス音律は、完全5度の連鎖によって音階を作り出します。
具体的には、最初の音(基音)から次の音を「3:2」の比率で計算し、それを繰り返すことで12音階を構築します。
これを実際にやってみると、以下のような順序で音が並びます。
- ド
- ソ(ドから5度上、3:2の比率)
- レ(ソから5度上)
- ラ(レから5度上)
- ミ(ラから5度上)
- シ(ミから5度上)
- ファ#(シから5度上)
- ド#(ファ#から5度上)
- ソ#(ド#から5度上)
- レ#(ソ#から5度上)
- ラ#(レ#から5度上)
- ファ(ラ#から5度上)
この連鎖により、12の音が順に作られますが、興味深いのは、12回目の5度(ファ)と最初の基音(ド)が完全には一致しないことです。
これは「ピタゴラスのコンマ(Pythagorean comma)」と呼ばれるわずかなズレで、ピタゴラス音律の音階が完璧な循環にはならない理由でもあります。
ピタゴラス音律の特徴と問題点
ピタゴラス音律の特徴は、完全5度が非常に調和する点です。
実際、ピタゴラス音律の調律では、完全5度の響きが美しく、安定して聞こえます。
そのため、古代ギリシャや中世ヨーロッパの音楽で広く使用されていました。
しかし、ピタゴラス音律にはいくつかの問題点もあります。特に次のような点が挙げられます。
ピタゴラスコンマ
前述の通り、12回の完全5度を積み重ねても、最初の音に完全に戻ってこない「ピタゴラスコンマ」という微小なズレが生じます。
このズレのため、音階全体が少し不均等になり、ある調では調和が取れていても、別の調では不協和音が生じることがあります。
第三音の不協和
ピタゴラス音律では、第三音(たとえばドから見たときのミ)が純粋な整数比ではなく、やや不協和に聞こえることがあります。
これは、ピタゴラス音律が5度を優先しているため、三和音が完全には調和しない原因となります。
ピタゴラス音律の歴史的意義
ピタゴラス音律は、古代から中世にかけて広く使われた調律法です。
その理由は、当時の音楽が主にメロディ中心であり、和音を多く使わない音楽スタイルだったからです。
完全5度の響きが優先されたピタゴラス音律は、この時代の音楽には非常に適していました。
しかし、ルネサンス期以降、西洋音楽が多声音楽や和音を多く取り入れるようになると、ピタゴラス音律の問題点が顕在化しました。
特に、三和音が重要視されるようになると、ピタゴラス音律の第三音の不協和が問題となり、新しい調律法(純正律や平均律など)が考案されるようになりました。
現代におけるピタゴラス音律
現代では、ピタゴラス音律は実際の演奏で使われることは少なくなっています。
代わりに、12音が均等に分割された「平均律」が主流です。
しかし、ピタゴラス音律の数学的な美しさとその歴史的意義は、音楽理論の中で今も重要な位置を占めています。
また、古楽器や古典音楽の再現演奏などでは、ピタゴラス音律が使われることもあります。
まとめ
ピタゴラス音律は、音楽と数学の深い結びつきを示す古典的な調律法で、特に完全5度の調和に焦点を当てています。整数比に基づく音の関係は美しく、特定の音階では非常に調和しますが、「ピタゴラスのコンマ」や三和音の不協和といった問題も抱えています。