2026年8月14日、ロイター通信は独占取材により、AI開発企業AnthropicがIPO(新規株式公開)に向けた評価額の議論の中で、2028年の年間売上を1900億〜2000億ドル規模と投資家・銀行団に提示していると報じました。ChatGPTと並ぶ生成AIの代表格であるClaudeを開発するAnthropicは、2026年6月にSEC(米証券取引委員会)へ非公開でS-1(新規上場届出書)を提出しており、早ければこの秋にもウォール街デビューを果たすとみられています。
今回明らかになった2028年の売上予測は、これまで非公開だった情報で、Anthropicが2026年5月時点で公表していた売上ランレート470億ドルの4倍を超える水準です。銀行団や投資家がこれほど強気な将来予測を評価の土台に据えていること自体が、AI業界における企業評価の作法が大きく変わりつつあることを示しています。
現在の売上規模との落差
Reutersによれば、Anthropicの売上ランレートは2025年末の約90億ドルから、2026年5月には470億ドル超まで急拡大しました。さらに第2四半期(4〜6月期)の売上は少なくとも109億ドルに達し、四半期ベースで初めての黒字(営業利益5億5900万ドル)を計上したとされています。投資助言会社Altimeter Capitalのブラッド・ガーストナー氏は、2026年中にAnthropicの売上ランレートがさらに3倍になり、年末までに800億〜1000億ドルに達しても驚かないと述べており、現在のOpenAIの推定ランレート(240億〜250億ドル)をすでに上回っているとの見方を示しています。
なぜ「2年先の売上」で評価するのか
EV/Revenueマルチプルという手法
通常、成長中のソフトウェア企業を評価する際は、直近または向こう1年程度の売上見通しに企業価値倍率(EV/Revenueマルチプル)を掛け合わせる手法が一般的です。しかし今回Anthropicの評価をめぐっては、銀行団や投資家が2年先である2028年の売上予測にマルチプルを適用するという、異例に長い時間軸での評価が行われていると報じられています。背景には、AIモデルの開発や計算インフラへの投資が莫大であるため、短期的な利益水準だけでは企業の実力を測りにくいという事情があります。投資家は、GPUやモデル学習・推論にかかるコストの伸びを売上の伸びがいずれ上回り、利益率が拡大していくというシナリオに賭けている格好です。
なお、ここでいう「売上ランレート」とは、直近の月次・四半期の実績を年換算した見込み額を指す言葉で、契約が積み上がるSaaS型・API型のビジネスでよく使われる指標です。実際に確定した年間売上そのものではなく、あくまで「今のペースが1年続いたらこの規模になる」という推計値である点には注意が必要です。Anthropicのように四半期ごとに数十億ドル単位で数字が跳ね上がる局面では、ランレートと実績の乖離が大きくなりやすく、投資家はこの前提の置き方そのものにも神経を尖らせています。
前例のない長期予測という手法自体への注目
Reutersの報道では、こうした2年先の売上を基準にした評価手法について、半導体スタートアップのCerebras SystemsがIPO前に2028年の売上見通しを投資家に示した例や、2026年6月に過去最高評価額で上場したSpaceXが2029年までの見通しを使った例が先例として紹介されています。いずれも、AIやロケット開発など巨額の先行投資を伴う高成長企業で採用されてきた手法であり、Anthropicのケースもこの系譜に連なるものです。逆に言えば、これまでのIT企業のIPOでは一般的ではなかった手法が、AI企業の資金調達では標準になりつつあるとも言えます。
Palantir・Cloudflare・SpaceXとの比較
Reutersの報道では、Anthropicの評価にあたって比較対象として、データ分析大手のPalantir Technologies、クラウドサービスのCloudflare、宇宙開発のSpaceXの3社が参照されていると紹介されています。LSEG(旧Refinitiv)のデータによれば、Palantirは2026年予想売上の53倍という、ウォール街でも屈指の高評価で取引されており、CloudflareとSpaceXはそれぞれ2026年予想売上の約41.6倍の水準にあります。いずれも「将来の事業規模」を織り込んで評価される企業群であり、AnthropicがどのIPO事例に近い評価を受けるかが、実際の公開価格を左右する焦点になっています。
楽観論と懐疑論
強気派の見方
楽観派の代表格であるガーストナー氏は、Anthropicの売上急拡大について「テック業界の歴史の中でも最速の部類」と評しており、Google・Broadcomとの提携を通じて計算資源の確保を進めていることも、成長シナリオを後押しする材料として挙げています。企業向け需要は特に強く、コーディング支援やエージェント型の業務自動化での採用が売上をけん引しているとされます。
慎重派の懸念
一方で、資産運用会社Aleph InvestmentsのDavid Merkel氏はReutersの取材に対し、Anthropicは条件次第で2兆ドル規模の評価額に達する可能性があるとしつつも、「そのような評価水準を長期的に維持できるかは疑問だ」と指摘しています。IPO直前の企業が2028年という2年先の数字を評価の拠り所にすること自体、成長予測が外れた場合や、AIインフラのコストが高止まりした場合のダウンサイドリスクが大きいことを意味します。実際、AI企業への評価をめぐっては「AI幻想バブル」ではないかという懸念も根強く、規制強化や競合との性能差の縮小といったリスク要因も指摘されています。
IPOに向けたロードマップ
Anthropicは2026年6月1日、SECに非公開でS-1を提出したことが明らかになっており、主幹事にはモルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックス、JPモルガン・チェースの名が挙がっています。直近の資金調達では、大型ラウンドを経てポストマネー評価額が数千億ドル規模に達したとされ、上場が実現すれば世界でも有数の時価総額を持つ新規上場AI企業になる見通しです。
競合のOpenAIも2026年後半のIPOを見据えているとされ、AI業界を代表する2社が同じ年に相次いで上場するという、これまでに例のない展開になる可能性があります。どちらが先に市場デビューを果たすかによって、投資家からの評価やその後のブランドイメージにも差が生まれるとみられており、この秋以降のAI業界最大級の注目イベントとして位置づけられています。
日本企業にとっての意味合い
Anthropicは2026年に入り東京オフィスを開設し、日本・アジア太平洋地域のR&Dハブと位置づける方針を示しています。楽天やNRI(野村総合研究所)、パナソニックなど日本の大手企業がすでにClaude APIを業務改善や新サービス開発に活用していると公表しており、IPOに伴う知名度向上やガバナンス体制の強化は、こうした国内企業のベンダー選定にも影響を与える可能性があります。上場企業になることで開示情報が増え、財務の健全性や事業継続性を外部から検証しやすくなる一方、上場後は株主還元や四半期ごとの業績プレッシャーが強まり、価格改定や事業戦略の変更につながる可能性がある点にも留意が必要です。
ビジネスパーソン・管理職への示唆
Claude APIやChatGPTを業務で利用している、あるいは導入を検討している立場からすると、「どこかの会社の上場話」で済ませられないポイントがいくつかあります。第一に、上場によって主要ベンダーの資本構成やガバナンス体制が変わる可能性があり、価格改定やエンタープライズ向け条件の見直しにつながることがあります。第二に、評価額をめぐる強気・慎重両方の見方が存在すること自体、AIベンダーを1社に依存するリスクを再認識させる材料になります。ChatGPT・Claude・Geminiなど複数のAIサービスを用途別に使い分ける「マルチベンダー戦略」は、こうした業界の不確実性に備える観点からも合理的な選択といえるでしょう。
最終的に2028年の実際の売上がどの水準に着地するかは誰にも分かりませんが、投資家が2年先の数字を前提に数十兆円規模の評価額を議論していること自体が、生成AI業界がこれまでとは異なるフェーズに入ったことを物語っています。
これまでの生成AIをめぐる報道は、新モデルの性能や機能追加といった「プロダクトのニュース」が中心でした。しかしAnthropicのIPOをめぐる一連の動きは、AI企業が「どれだけ賢いモデルを作れるか」だけでなく、「どれだけの資本を調達し、どれだけの計算資源を確保し、どれだけの期間黒字化を待てるか」という、資本市場のゲームに本格的に組み込まれ始めたことを示しています。ChatGPTやClaudeを日々の業務で使っている立場からすると距離のある話に感じるかもしれませんが、上場後の株価や業績プレッシャーは、サービスの価格設定や無料枠の範囲、新機能のリリースペースといった形で、遅かれ早かれ利用者側にも波及してくるテーマです。今後数カ月は、AnthropicとOpenAIのIPOをめぐる報道から目が離せない展開が続きそうです。
参考サイト・引用元
- Reuters(Investing.com経由・Yahoo Financeに配信)「Anthropic IPO valuation rests on up to $200 billion 2028 revenue target」(2026年8月15日) 記事を読む
- TipRanks「Anthropic Revenue Could “Easily” Triple this Year, Says Altimeter Capital」 記事を読む
- 仕事の間(note)「【2026年8月16日】海外AIニュースまとめランキング」 記事を読む
- CNBC「Anthropic confidentially files IPO prospectus with SEC」(2026年6月1日) 記事を読む
- Bloomberg「Anthropic Files Confidentially for IPO in Race With OpenAI」(2026年6月1日) 記事を読む
