契約審査・法務業務にも広がる生成AI活用
これまで生成AIの活用というと、議事録作成や資料作成、問い合わせ対応といった業務が中心に語られてきました。しかし2026年に入り、契約書レビューやリーガルリサーチといった、より専門性の高い法務業務にも生成AIの活用が本格的に広がっています。
背景にあるのは、契約審査AIを提供するリーガルテック各社の急成長です。株式会社LegalOn Technologiesと株式会社On Technologiesは、両社が有償で提供するProfessional AIサービスの導入社数が2026年7月末時点でグローバルで9,000社を突破したと発表しました。日本国内では上場企業の30%以上がLegalOn Technologiesのサービスを導入しているとされ、法務部門における生成AI活用はもはや一部の先進企業だけの取り組みではなくなっています。
本記事では、大手企業における契約書レビューAIの具体的な活用事例を、各社の公式発表やプレスリリースなど一次情報にもとづいて紹介します。あわせて、2026年8月に公表された弁護士法第72条に関するガイドラインなど、実務に影響する規制動向や導入時の注意点も解説します。
大手企業の契約書レビューAI活用事例4選
ここでは、契約書レビューに生成AIを導入したことを公式に発表している国内企業の事例を紹介します。
ANAホールディングス×LegalOn|属人化したナレッジ共有を目指す
ANAホールディングス株式会社は2026年3月5日、法務特化型AIエージェント搭載の「LegalOn」を導入したことを発表しました。同社ではこれまで別の契約審査ツールを利用していましたが、法務相談や契約審査に多大な時間を要している点に加え、担当者ごとにナレッジが属人化している点が課題となっていました。
「LegalOn」の導入により、定型的な契約審査業務を自動化し、法務部門がより高付加価値な業務に専念できる体制の構築を目指すとしています。航空事業という国内外の取引が多い業態において、契約審査の効率化とナレッジ共有の両立が期待されています。
株式会社日本製鋼所×LegalOn|全社展開を見据えた契約法務ナレッジの蓄積
産業機械・素形材事業を展開する株式会社日本製鋼所も2026年8月5日、「LegalOn」の導入を発表しました。同社は従来、LegalOn Technologiesの別サービス「LegalForce」を利用していましたが、契約案件の一括管理と情報共有、AIを活用した高品質かつ迅速な契約書審査、契約法務ナレッジの蓄積・活用、そして将来的な全社展開を志向し、「LegalForce」の発展形として「LegalOn」への移行を決定しました。契約法務のナレッジを全社に展開し、高品質で迅速な契約書審査を実現することを今後の目標に掲げています。
オムロン×MNTSQ|「オムロンらしい」レビューを次世代へ継承
電子機器メーカーのオムロン株式会社は、2022年からナレッジマネジメントツール「MNTSQ」を活用しており、2024年にリリースされたAI契約レビュー機能もいち早く導入しています。同社の法務部門が抱えていた課題は、担当者の経験や職歴によって契約レビューの品質にばらつきが生じる点、法律事務所からの出向者に「オムロンらしい回答」が伝わりにくい点でした。
AI契約レビュー機能を使うと、社内に蓄積された過去の契約書から関連性の高い条項をMicrosoft Word上に直接表示できるため、先人の知見を継承しながら、新卒・中途を問わず誰でもスピーディに標準化されたレビューが可能になったといいます。同社担当者は、中途入社メンバーが即戦力に至るまでの教育期間を短縮できたとも述べています。
東京エレクトロン×MNTSQ|年間4,000件超の契約審査を20年ぶりに刷新
半導体製造装置メーカーの東京エレクトロンは、20年にわたり運用してきた自社開発の契約管理システムから「MNTSQ CLM」へのリプレイスを決定しました。年間4,000件を超える契約審査に対応する中で、自社開発の枠を超えたAI技術による非連続な進化を業務に取り入れる必要があると判断したことが背景にあります。
AIによる契約書の自動入力補助機能により、事業部側の手入力の負担が軽減されたほか、各部署が自部署の契約状況をリアルタイムに把握できる体制が構築されました。20年間蓄積してきた膨大な契約知見を、AIによってより高度に引き出せる環境を整えた事例といえます。
AIコンサルティングで契約レビュー工数を5分の1に削減した伯東の事例
契約書レビューAIは、ツールを導入するだけでなく、自社の審査基準に合わせて使いこなすための伴走支援を受けるケースも増えています。エレクトロニクス商社とケミカルメーカーの機能をあわせ持つ伯東株式会社は、GVA TECH株式会社が提供する「OLGA AIコンサルティング」の支援を受け、契約レビュー工数を大幅に削減した事例を2026年8月25日に公開しました。
同社では半導体需要の急拡大に伴い、月間約90件発生する契約審査依頼のうちNDA(秘密保持契約)が約3割を占め、定型的な業務に多くの工数が割かれている点が課題でした。社内には汎用の生成AI環境が整っていたものの、リスクの指摘にとどまり、実際の契約書に修正履歴やコメントを付与したWordファイルの作成までは対応できていませんでした。
そこで、自社のひな形や過去の審査実績・ノウハウを体系化した審査基準(プレイブック)をAIコンサルティングで構築し、契約書の比較からプレイブックに沿った判定、修正履歴・コメントの生成、Wordへの反映までを一気通貫で行えるようにしました。その結果、英文NDAのレビュー時間は約2時間から約10分に短縮され、NDA全体のレビュー工数は従来の約5分の1に削減されたと報告されています。浮いた時間は、取引基本契約や紛争対応などより複雑でリスクの高い重要案件に充てられるようになったといいます。
法務AI市場の急拡大とグローバルの動向
有償導入社数9,000社突破、上場企業の3割超が採用
前述の通り、LegalOn TechnologiesとOn Technologiesが提供するProfessional AIサービスの有償導入社数は、2026年7月末時点でグローバル9,000社を突破しました。2026年1月末時点では8,000社だったことを踏まえると、半年間で1,000社規模の増加となっており、法務・ガバナンス領域における生成AI活用の裾野が急速に広がっていることがうかがえます。契約審査だけでなく、ガバナンス業務支援の「GovernOn」、人事領域の「WorkOn」、営業領域の「DealOn」など、専門業務特化型AIを横展開する動きも進んでいます。
海外では「Harvey」が高い評価額で存在感
海外に目を向けると、法律事務所・企業法務部門向けのAIプラットフォーム「Harvey」が、2026年3月に約2億ドルを調達し評価額110億ドルに到達したと報じられています。10万人以上の弁護士が利用し、1,300以上の組織で稼働しているとされ、契約レビューやリーガルリサーチを担うAIプラットフォームは、日本国内にとどまらずグローバルで急速に評価を高めている分野といえます。
実務への影響が大きい規制動向|弁護士法第72条ガイドラインの補足公表
契約書レビューAIの普及にあたり、実務上とりわけ影響が大きいのが弁護士法第72条との関係です。法務省大臣官房司法法制部は2026年8月21日、「ビジネス分野におけるAI等法務業務支援サービス提供と弁護士法第72条の関係について」と題するガイドラインを公表しました。
2023年8月に公表された旧ガイドラインは契約書の作成・審査・管理といった契約書等関連業務を主な対象としていましたが、今回の新ガイドラインはビジネス分野における法務業務支援サービス全般へと対象を拡大しています。事件性のある案件への利用を積極的に助長するなどしない、価値中立的なサービスが、一定の体制を整備している場合には、一般的には弁護士法第72条に抵触しないことが明確化された点が特徴です。LegalOn Technologies代表の角田望氏も、この点について企業がAIを安心して活用できる環境整備につながるとコメントしています。契約書レビューAIの導入を検討する企業にとっては、提供事業者がこうしたガイドラインを踏まえた体制を整備しているかどうかが、選定時の重要な確認ポイントになりそうです。
契約書レビューに生成AIを導入する際の注意点
汎用AIの限界とプレイブック構築の重要性
伯東の事例が示す通り、汎用的な生成AIだけではリスクの指摘にとどまり、実際の審査プロセスに組み込むところまでは対応しきれないケースが多く見られます。自社の審査基準やひな形、過去の判断根拠を体系化した「プレイブック」を整備し、AIが参照できる形に落とし込むことが、業務プロセスへの定着を左右する重要な要素になります。
ヒューマン・イン・ザ・ループの徹底
契約書は一つの解釈の誤りが重大なリスクにつながる文書です。AIが出力した回答案や修正案は、必ず法務担当者や弁護士が確認・修正する「ヒューマン・イン・ザ・ループ」の運用を徹底する必要があります。オムロンの事例のように、AIはあくまで過去のナレッジへのアクセスを高速化するものと位置づけ、最終判断は人が行う体制を維持することが望まれます。
機密情報・データ保管地域への配慮
契約書には取引先の機密情報や個人情報が含まれることが多く、AIサービスを選定する際にはデータの保管地域やセキュリティ体制の確認が欠かせません。LegalOnがシンガポール法対応としてデータの国内保管・管理オプションを拡充しているように、グローバル展開する企業ほど、データガバナンスに配慮したサービス選定が求められます。社内資料作成や議事録作成の分野でも同様に、情報漏洩リスクへの対策は共通の課題です。資料作成の生成AI活用事例まとめや議事録作成の生成AI活用事例まとめでも、機密情報の取り扱いに関する各社の工夫を紹介していますので、あわせてご覧ください。
まとめ
契約書レビュー・法務業務における生成AI活用は、ANAホールディングスや日本製鋼所のようにナレッジの属人化解消や全社展開を目指す動きから、オムロンや東京エレクトロンのように長年蓄積した契約知見をAIで引き出す動き、そして伯東のようにAIコンサルティングを通じて業務プロセスそのものに生成AIを組み込む動きまで、多様な形で広がっています。
有償導入社数が半年で1,000社規模増加している市場の勢いに加え、2026年8月には弁護士法第72条に関するガイドラインの補足も公表され、企業がAIを活用しやすい環境整備が進んでいます。一方で、プレイブックの整備やヒューマン・イン・ザ・ループの徹底、機密情報の取り扱いといった基本的な注意点は変わりません。自社の契約審査プロセスのどこにAIを組み込めるか、各社の事例を参考にしながら検討してみてはいかがでしょうか。
参考サイト・引用元
- LegalOn Technologies・On Technologies プレスリリース(2026年8月4日、有償導入社数9,000社突破)
- LegalOn Technologies プレスリリース(2026年2月2日、有償導入社数8,000社突破)
- ANAホールディングス「LegalOn」採用(LegalOn Technologies プレスリリース)
- 株式会社日本製鋼所「LegalOn」採用(LegalOn Technologies プレスリリース)
- 伯東株式会社「OLGA AIコンサルティング」支援事例(GVA TECH株式会社プレスリリース)
- オムロン株式会社 導入事例(MNTSQ株式会社)
- 東京エレクトロン「MNTSQ CLM」へリプレイス(MNTSQ株式会社プレスリリース)
- 法務省ガイドライン公表について(LegalOn Technologies)
- 法務省ガイドライン原文(PDF)
