生成AIの企業導入は、もはや一部の先進企業だけの取り組みではありません。特に金融業界では、情報セキュリティやコンプライアンスへの要求水準が高いことから、これまで慎重な姿勢を取る金融機関も少なくありませんでした。しかし2026年8月、日本銀行が公表した最新のアンケート調査により、その様相が大きく変わっていることが明らかになりました。
日本銀行金融機構局は2026年8月6日、金融システムレポート別冊「金融機関における生成AIの利用状況とリスク管理―2026年度アンケート調査結果から―」を公表しました。取引先金融機関150先を対象に実施したこの調査は2024年度から数えて3回目となり、回収率は100%です。メガバンクから地方銀行、信用金庫、さらにはゆうちょ銀行や楽天銀行、PayPay銀行といったノンバンク系まで、幅広い業態が対象に含まれています。
この記事では、生成AI導入を検討している経営層や管理職、あるいはすでに自社で生成AIを活用しているビジネスパーソンに向けて、日銀調査から見えてきた金融業界の生成AI活用実態と、今後押さえておくべきリスク管理の論点を分かりやすく整理します。
生成AIの利用状況|「利用なし」がわずか2年で4割強から1割弱に
今回の調査で最も注目すべき数字は、生成AIの利用率の伸びです。2024年度の調査では「利用・試行をしていない」と回答した金融機関が41.9%にのぼっていましたが、2025年度には26.1%まで低下し、2026年度にはついに9.3%まで減少しました。裏を返せば、実に9割強の金融機関が生成AIを利用中、または試行中ということになります。内訳を見ると、2026年度時点で「利用中」と回答した先が79.3%、「試行中」が11.3%と、すでに実運用のフェーズに入っている金融機関が大半を占めています。
業態別動向|第二地銀での急拡大が目立つ
業態別の内訳をより詳しく見ると、大手行(みずほ、三菱UFJ、三井住友、りそな、埼玉りそななど10先)はもともと利用率が高い水準にありましたが、今回の調査でとりわけ伸びが顕著だったのは第二地銀です。地方の金融機関ほど生成AI導入に慎重と見られがちですが、実際には第二地銀が直近1年で利用・試行の割合を大きく伸ばしており、規模の大小にかかわらず生成AI活用の裾野が広がっていることがうかがえます。信用金庫についても同様の傾向がみられ、地域金融機関全体で「様子見」から「実践」へと軸足が移りつつある様子が読み取れます。
推進体制|全社統括型と部門主導型に分かれる
生成AIを推進する体制については、金融機関ごとに異なるアプローチが取られています。調査対象のうち約2割(20.6%)が「経営直下の推進組織が強い権限を持ち、全社の取組みを統括している」と回答した一方、約7割(65.4%)は「特定の開発部門(DX・IT部門等)が全社の生成AI導入の判断・実行を行っている」という回答でした。現場業務部門ごとに個別に導入判断を行っている先は8.8%にとどまります。
この結果からは、多くの金融機関がまずはDX部門やIT部門主導でパイロット的に生成AIを試し、効果が見えてきた段階で全社展開に進むという、段階的なアプローチを取っていることがうかがえます。もっとも、経営陣が前面に立って推進する体制のほうが、後述するリスク管理面の整備が進みやすい傾向もあり、どちらの体制を選ぶかは各金融機関のガバナンス文化や人材の状況によって最適解が異なるといえそうです。
どの業務で使われているか|汎用事務からコア業務への広がり
利用用途を見ると、文書作成支援や議事録などの文字起こし、規程などの情報検索といった汎用的な事務処理では、利用中・試行中の金融機関の大半がすでに活用しています。特に文書作成支援は136先中106先が「業務プロセスへの統合」段階まで進んでおり、もはや当たり前の使い方になりつつあります。
一方で、融資稟議書の作成や顧客ニーズに応じた営業支援といった、顧客情報を活用する対顧客サービス関連業務でも相応の活用が見られるようになってきました。これは、これまで社内効率化にとどまっていた生成AI活用が、実際の収益や顧客対応に直結するコア業務へと着実に広がっていることを示しています。
対顧客サービスでの活用は依然として慎重
その一方で、顧客応対チャットボットやビジネスマッチング、ポートフォリオのリバランス提案といった、生成AIの出力を顧客に直接提示する用途については、利用は依然として限定的です。日銀のレポートでも「AI出力を顧客に直接提示する活用方法への慎重な姿勢がみられた」と指摘されており、ハルシネーション(AIによる事実に基づかない出力)のリスクを踏まえ、最終的な顧客対応の部分は人が担う、あるいは人がチェックする体制を維持している金融機関が多いことがうかがえます。また、リスク管理を担う2線部門や内部監査を担う3線部門での活用も限定的で、その理由として「部署が小規模で、AI活用による効率化余地が限られている」といった声が挙げられています。
導入後の評価|「使えるが改善余地あり」が大勢
生成AIを実際に使ってみた金融機関の評価はおおむね良好で、「業務に利用できない」と回答した先はごく一部にとどまります。ただし、ほぼすべてのユースケースにおいて「業務に利用できるが、改善の余地がある」との回答が過半を占めており、手放しの満足には至っていない実態も見えてきます。改善を期待する声の背景には、ITインフラやデータ整備を通じた金融機関自身の活用能力の向上、そして生成AIモデル自体の今後の技術進歩への期待があるとされています。
興味深いのは、3年後の利用状況の想定です。現時点では「業務支援ツールとして利用」にとどまっている多くのユースケースについて、3年後には「業務プロセスへの統合」を見込む金融機関が相当数にのぼっています。ある金融機関の声として「生成AIの有用性は幅広いユースケースで期待できるため、実際に活用する前にユースケースを絞り込むのは適当でない」というコメントも紹介されており、まずは広く試してから本格活用の対象を見極めるという姿勢が浸透しつつあるようです。
リスク管理の実態|進んだ分野、遅れている分野
生成AIの活用が広がる一方で、日銀が特に注意を促しているのがリスク管理体制の整備状況です。情報管理(機密情報の入力制限などの社内規則整備、システム環境の構築など)や実務的なルールの整備については、相応の金融機関で対応が進んでいます。
しかし、ガバナンス(経営陣の関与のもとでのAIガバナンス責任者・組織体制の整備)、サードパーティリスク管理(外部ベンダーのリスク評価や定期監査)、セーフティ・セキュリティ(プロンプトインジェクション対策や技術的な安全対策)といった項目については、「改善の余地がある」または「検討中」との回答が多く、今後の強化が課題として残されています。特に、対外サービスでの生成AI利用に関して、ユーザーからのフィードバックをリスク分析に活用したり、レッドチーミング(意図的に脆弱性を突く評価)を実施したりしている金融機関はごく少数にとどまっており、対顧客サービスへの本格展開に向けては、こうした高度なリスク管理手法の導入が今後の焦点になりそうです。
「広範活用先」とそれ以外の差
日銀のレポートでは、機密性の高い情報を生成AIで扱うことができ、かつ対顧客サービス関連業務でも生成AIを利用している金融機関を「広範活用先」(136先中67先、約5割)と定義し、それ以外の金融機関と比較しています。広範活用先では、生成AI特有のリスク管理やセーフティ・セキュリティ、サードパーティリスク管理への対応が進んでいる先の割合が明確に高く、活用の幅を広げるのと歩調を合わせる形でリスク管理体制も強化している様子が読み取れます。逆にいえば、活用範囲を広げようとする金融機関ほど、ガバナンス体制の整備が避けて通れない課題になっているということです。
今後の課題|人材育成・データ整備・サイバー攻撃対策
これまでに改善が進んだ課題としては、ガイドラインやセキュリティポリシーの整備、生成AIを実装するITインフラの整備を挙げる金融機関が多く見られました。一方で、今後改善を要する課題としては、事業推進(ユースケースの創出・推進)、人材育成(生成AIのリスク審査ができる人材の確保、DX・IT部門での推進人材育成)、生成AIに入力するデータの整備、サイバー攻撃への対策などが上位に挙げられています。
特に「広範活用先」ではデータ整備やサイバー攻撃対策といった、より高度な活用へ向けた課題に取り組む段階に進んでいるのに対し、それ以外の金融機関ではガイドライン整備やIT人材育成、機密情報の漏洩リスク対策など、基礎的な体制づくりの段階にある先が多いという二極化の傾向も見て取れます。
実際の金融機関に見る生成AI活用の広がり
こうした日銀調査の結果は、実際の金融機関の取り組みとも符合します。以前このブログでも金融業界の生成AI活用事例まとめとして、三菱UFJ銀行によるChatGPT Enterpriseの全行員展開や、三井住友銀行の自由発話型AIオペレーター、SBIホールディングスとAnthropicによる金融グループ全体でのAIトランスフォーメーションなどを紹介しました。これらの先進事例に共通しているのは、単なる業務効率化にとどまらず、金融規制への準拠や堅牢なセキュリティ体制の構築をベンダーと二人三脚で進めている点です。今回の日銀調査が示す「活用拡大とリスク管理の両立」という構図は、まさにこうした先進的な金融機関がすでに実践してきた方向性と重なります。
非エンジニアが押さえておきたいポイント
金融機関に限らず、自社で生成AI活用を進める際にも、今回の調査結果から学べる点は少なくありません。まず、文書作成支援や議事録の文字起こしといった汎用的な業務から始め、社内での活用実績を積み上げたうえでコア業務へと展開していく段階的なアプローチは、業界を問わず参考になる進め方です。また、活用範囲を広げようとするほどガバナンスやリスク管理の整備が重要になるという知見も、業種を問わず当てはまります。特に、生成AIの出力をそのまま顧客や取引先に提示する用途に踏み出す前には、ハルシネーション対策や人によるチェック体制など、慎重な設計が欠かせません。
自社の生成AI活用がまだ「業務支援ツール」の段階にとどまっているのであれば、まずはガイドラインの整備やITインフラの整備といった基礎固めから着手し、そのうえでデータ整備や高度なセキュリティ対策へと段階的に進めていくのが現実的な道筋といえるでしょう。
まとめ
日本銀行の2026年度調査により、金融機関の生成AI活用はもはや「試すかどうか」ではなく「どこまで活用範囲を広げ、どう管理するか」というフェーズに入っていることが明確になりました。9割超という高い利用率の裏側では、ガバナンスやサードパーティリスク管理、セーフティ・セキュリティといった分野でまだ改善の余地を抱える金融機関が多いのも事実です。今後、AIエージェントやフロンティアAIの導入が進むにつれて、こうしたリスク管理の重要性はさらに高まっていくと考えられます。自社での生成AI活用を検討する際にも、活用の拡大とリスク管理の整備を両輪で進めるという金融業界の姿勢は、大いに参考になるはずです。

