コールド・ストーン・クリーマリー(以下、コールドストーン)は、2005年に六本木ヒルズに日本1号店をオープンし、店員が歌いながらアイスを混ぜる独特のスタイルで一世を風靡しました。
最盛期には全国34店舗を展開し、長蛇の列ができる人気ぶりでした。しかしブームは長続きせず、2020年代に入ると店舗数は激減。2025年4月末に原宿店と佐野店が相次いで閉店し、国内は三重県のアウトレット内の1店舗のみという状況に至りました。
なぜコールドストーンはここまで衰退したのか、調べてみました。
衰退の主な原因
消費者動向の変化と競争激化
コールドストーンの登場当初は「歌うアイス屋」というエンタメ性が受け、大きな話題となりました。しかし日本の消費者はスイーツのトレンド移り変わりが早く、ブーム後は熱狂が薄れました。
さらに競合の増加も大きな要因です。同業のアイスクリーム専門店(例:サーティワンアイスクリーム)だけでなく、コンビニやスーパーで買える高級アイスクリームが充実し始め、消費者は手軽にプレミアムなアイスを楽しめるようになりました。
ハーゲンダッツやゴディバ監修の商品などが身近に入手できる中で、わざわざ店舗まで足を運ぶ必要性が薄れたのです。
参考:j-cast.com
価格設定の問題
コールドストーンのアイスはトッピングを含めたリッチな内容で美味しい反面、価格は1個あたり700~800円程度と高めでした。このプレミアム価格は、日常的にリピートするにはハードルが高く、消費者にとって「ご褒美スイーツ」的な位置付けに留まりがちでした。
一方、競合のサーティワンはシングルサイズで300~400円台から楽しめ、コンビニのアイスバーは200~300円台が中心です。例えば、ゴディバとファミリーマートが共同開発した高級チョコアイスバーも400円未満です。
コールドストーンと比べると半額以下の価格帯で、入手しやすさも桁違いです。このように割高な価格設定がリピート客の獲得を難しくし、徐々に顧客離れを招いたと考えられます。
参考:fashionsnap.com、prtimes.jp
商品企画・メニュー戦略上の課題
コールドストーンは「その場で混ぜる」という製品コンセプト自体はユニークでしたが、メニューの目新しさという点では次第に弱まっていきました。定番フレーバーに加え季節限定の商品も提供していたものの、基本コンセプトが変わらないため新鮮味の維持が難しかった面があります。
競合他社がアニメやキャラクターとのタイアップ、新フレーバーの投入などで次々と話題を提供したのに対し、コールドストーンは近年コラボやキャンペーンの頻度が減り、消費者へのインパクトが弱まっていたかもしれません。
実際、類似業態の「ロールアイスクリームファクトリー」は『呪術廻戦』『進撃の巨人』など人気作品とのコラボイベントを積極的に展開し、来店動機を作り続けています。コールドストーンも過去にポケモンコラボなどを行いましたが、話題作りの継続性という点で見劣りしたと言えるでしょう。
立地戦略・店舗展開の誤算
出店戦略にも課題がありました。
ブーム期には都市部の商業施設や郊外の大型モールなどに次々と出店しましたが、採算悪化とともに閉店が相次ぎ、2021年時点で関東を含む主要都市圏からは撤退しアウトレットモール中心の展開になっていました。
都市圏の店舗網を失ったことで日常的な接点が減り、ブランド自体を消費者に忘れられてしまった可能性があります。
マーケティングの格言に「顧客が店に行かなくなる最大の理由は、その店の存在を忘れてしまうこと」というものがあります。アクセスしやすい場所に店舗がない状況では、いくら魅力的な商品でも消費者の選択肢から外れてしまいます。
私も原宿店閉店のニュースを見て、久しぶりに店名を聞いたなと思いました。
また、出店場所も原宿や六本木ヒルズなど賃料の高い一等地が多く、ブーム沈静化後に固定費の負担が重くのしかかったと推察できます。フランチャイズ展開で全国に1000店以上を構えるサーティワンとは対照的に、コールドストーンは広い店舗スペースと好立地が要求される業態だったためスケールメリットを出しづらく、店舗網の維持拡大に限界がありました。
参考:j-cast.com、toyokeizai.net、shikiho.toyokeizai.net
パフォーマンス重視のオペレーションの限界
サービス・オペレーション面でも光と影がありました。
店員が歌いながらアイスを混ぜるパフォーマンスはブランドの象徴でしたが、日本人の気質には合わない面も指摘されています。「恥ずかしがり屋の日本人には歌のパフォーマンスは馴染まない」という声がネット上でも多く聞かれました。
実際、店側も一人客には「歌ってもよろしいですか?」と確認し、NGの場合は歌を省略するなど配慮していたようですが、お客が歌を断るのも気まずいものです。このようにお客を選ぶ演出はリピーター獲得の障壁になりかねません。
また、オペレーション効率の面でも、パフォーマンスが加わることで1人あたりの提供時間が長くなり、混雑時には行列が伸びやすいという欠点がありました。事実、類似業態のロールアイスでも混雑時は提供まで45分待ちになるケースがあるようです。
加えて、スタッフ採用面でも「歌って踊れる」人材を確保・教育するハードルは高く、人手不足の中でサービス品質を維持する負担になったでしょう。こうしたオペレーション上の制約が、ブーム収束後にはデメリットとして浮上したと考えられます。
参考:toyokeizai.net、
新型コロナウイルスによる打撃
2020年以降のコロナ禍も決定的な打撃となりました。
コロナ禍初期の2020年2月には一挙に5店舗を閉鎖し、その後も感染拡大による外出自粛や観光客減少の影響で閉店が相次ぎました。店頭での試食サービスや店員の大きな声でのパフォーマンスは感染リスクの観点から難しくなり、コールドストーンの“売り”であった体験価値を提供しづらくなりました。
また、人々が自宅で過ごす時間が増えたことで、スーパーやコンビニで買えるアイスに需要がシフトし、店舗型ビジネスには逆風となりました。親会社のホットランドは2016年頃からコールドストーンの商品をコンビニ等で販売する「外販」に注力していましたが、皮肉にもコロナ禍でパッケージアイスの市場拡大が進み、実店舗の存在意義がますます薄れていったといえます。
以上のように、消費者の嗜好変化(トレンドの移り変わり)や価格・商品の戦略ミス、さらには立地やサービスオペレーション上の課題に加えて、コロナ禍という外的ショックが重なったことが、コールドストーン衰退の主な要因と考えられます。
参考:j-cast.com
競合他社との比較(価格帯・商品戦略・ブランド戦略)
コールドストーンの苦戦は、主要な競合との戦略の違いを比較するとより鮮明になります。
サーティワンアイスクリーム(Baskin-Robbins)
アイスクリームチェーン最大手のサーティワンは、日本には1974年に上陸し長年にわたり愛されているブランドです。価格帯ではレギュラーシングルサイズが約400円前後と、コールドストーンより手頃でサイズ展開も豊富です。
商品戦略としては「31種類のフレーバーを常時提供」という多彩さが魅力で、月替わりのフレーバーや季節キャンペーンも頻繁に実施しています。例えば夏には「チョコミントフェア」、ハロウィン時期にはかぼちゃフレーバーなど、定期的な新商品投入でリピーターを飽きさせません。
ブランド戦略も家族連れや若年層を中心に身近で楽しいアイスクリームショップとして定着しており、誕生日にアイスケーキを買う、毎月31日は31%オフといったイベントで日常的な接点を作り出しています。
国内店舗数は約1000店を超え(shikiho.toyokeizai.net)、全国津々浦々に展開する圧倒的なチャネル戦略(Place)も強みで、消費者は「近所の31」で気軽にアイスを楽しむことができます。このように幅広い層に訴求する商品多様性と手頃さ、店舗網の広さで、サーティワンはコールドストーンとは対照的に日本市場で盤石な地位を築いています。
純粋想起率も高さそうですね。
コンビニスイーツ・市販アイスクリーム
近年、コンビニエンスストアのスイーツコーナー充実ぶりは目を見張るものがあります。ハーゲンダッツのミニカップは定番の高級アイスとして根強い人気を誇り、他にも森永や明治など国内メーカーが趣向を凝らした新商品を次々投入しています。
価格帯は200~300円台が主流で、ワンコインでお釣りが来る手軽さです。商品戦略の面では、コンビニ限定フレーバーや有名店監修スイーツなどコラボ商品も頻繁に展開され、話題性があります。
たとえばセブン-イレブン限定のゴディバアイスバーや、ローソンの「ウチカフェ」シリーズと有名シェフのコラボスイーツなど、次々と新しい高付加価値商品が登場します。
ブランド戦略としてコンビニは「いつでもどこでも買える身近さ」と「常に新商品があるワクワク感」を打ち出しており、忙しい日常の中で手軽なプチ贅沢を提供しています。冷凍庫にストックしておける利便性もあり、コロナ禍でおうち需要が高まる中、コンビニ・市販アイスは一層支持を伸ばしました。コールドストーンもこの市場にアイスバーやカップアイスを供給していましたが、店頭体験と比べ価格面で有利な市販商品にユーザーが流れたことは否めません。
参考:j-cast.com
ゴディバなど高級スイーツブランド
高級チョコレートで知られるゴディバは、日本ではチョコレートショップや百貨店のギフト需要で確固たる地位を持つブランドです。近年はチョコレートドリンクやソフトクリームなどのテイクアウトスイーツにも進出し、「ゴディバカフェ」を出店するなどブランド体験の幅を広げています。
価格帯はソフトクリームが600円前後、ショコリキサー(チョコレートドリンク)が700円程度とコールドストーンと同等かそれ以上ですが、「ご褒美感」「ラグジュアリー感」が強く打ち出されており、特別な日の贅沢やギフト用途として支持されています。
商品戦略では、自社の強みであるチョコレートを軸に季節限定商品を投入したり、コンビニと組んで前述のプレミアムアイスバーを販売したりと、チャネルミックス戦略を展開しています(prtimes.jp)。ブランド戦略上も「ベルギー発祥の高級チョコレート」という確立されたイメージがあり、国内でも長年マーケティング投資を続けた結果、消費者の信頼を得ています。
他の外資系スイーツブランドでは、クリスピー・クリーム・ドーナツ(米国発のドーナツチェーン)も日本上陸当初は数時間待ちの行列ができるブームを起こしましたが、その後は店舗網を縮小しつつドリンクメニューの拡充や期間限定フレーバーで生き残りを図っています。
ゴディバのように高級路線で定着するか、クリスピー・クリームのように流行後に路線修正するか、いずれにせよ日本市場ではブランドの再定位と継続的なマーケティング努力が不可欠です。
以上のように、競合他社は価格帯の幅や商品の多様性・刷新、ブランドイメージ戦略、そして流通チャネルの面でそれぞれ工夫を凝らし、日本の消費者ニーズに応えてきました。コールドストーンはユニークな体験価値で一時代を築いたものの、これら競合に対して優位を保つ戦略を十分に講じられなかったと言えます。
日本市場における外資系スイーツブランドの共通課題
コールドストーンの事例は、外国発のスイーツブランドが日本市場で直面しがちな課題を象徴しています。
ブームの一過性と持続戦略の欠如
海外から上陸した話題性で短期的にブームになるものの、その後に飽きられてしまうケースが少なくありません。一度話題が沈静化すると、定着したファン層をどれだけ掴めているかが問われます。日本の消費者は新しい物好きですが飽きるのも早いため、ブーム後に定期的なイベントや新商品で再度関心を引かないと「存在を忘れられる」リスクがあります。コールドストーンもブーム後半には情報発信が少なくなり、消費者の記憶から薄れていったと考えられます。
高価格帯ゆえのハードル
外資系スイーツは「本場品質」「プレミアム感」を売りにする反面、どうしても価格が高めに設定されがちです。日本の市場では同質の代替品が手頃な価格で手に入ることも多く、価格に見合う価値訴求が弱いとリピート購入にはつながりません。コールドストーンやゴディバ、クリスピー・クリームなども、「高いけど一度は試してみたい」が「高いから頻繁には行けない」になってしまうと、ビジネスとしては厳しくなります。日本人消費者は価格にシビアで、コストパフォーマンスを重視する傾向があるため、適切な価格戦略または小容量・低価格商品でのエントリーが重要です。
ローカライズとブランド維持のバランス
日本市場で成功する外資系ブランドは、現地の嗜好に合わせた商品改良やサービスのローカライズが上手です。例えばスターバックスは日本限定フレーバーのフラペチーノを投入し続け、サーティワンも和風フレーバーや地域限定商品を展開しています。コールドストーンも一定のローカライズは試みましたが、根幹の体験部分は本国スタイルを踏襲しました。その結果、前述の「歌の演出」のように文化的なミスマッチが生じたり、日本人の繊細な味覚に合わせたフレーバー展開が十分でなかった可能性があります。一方でローカライズし過ぎて本来のブランドらしさを失うと「それなら国産店でいい」と思われるジレンマもあり、現地適応とブランドアイデンティティの両立が課題となります。
チャネル戦略と展開スピード
外資系スイーツブランドは話題づくりのために都心に大型店を出すケースが多いですが、その後の店舗網の拡大戦略が鍵を握ります。フランチャイズを活用し地方にも展開できれば市場を広くカバーできますが、店舗維持には人材育成や物流網などインフラ整備も必要です。コールドストーンは比較的大型の投資が必要な業態だったため広く展開できず、店舗数の少なさが露出低下につながりました。一方、クリスピー・クリーム・ドーナツはブーム後に一部店舗を閉鎖しつつも駅ナカや商業施設内の小型店舗モデルにシフトするなど路線変更を図りました。このように日本全国に適切なペースで出店を拡大・調整すること、ECやコンビニチャネルなど店頭以外の販売経路を確保することも、現代の市場では欠かせません。
総じて、日本のスイーツ市場は競争が激しく消費者の選択肢も豊富です。外資系ブランドにとっては「最初の話題づくり」以上に、「いかに日常的な選択肢として定着させるか」というブランディングとリテンションの戦略が共通の課題と言えるでしょう。
マーケティング分析の視点から考察(STP・4P)
コールドストーンの盛衰をマーケティングの基本枠組みであるSTPと4Pに照らしてまとめます。
STP分析
コールドストーンは当初、「流行に敏感な若者・カップル」をメインターゲットに据え、「エンターテインメント性の高いプレミアムアイスクリーム体験」というポジショニングで急速に人気を得ました。
これは明確なターゲット戦略が奏功した例ですが、反面、ターゲットが限定的だったためにブームが去った後に市場を広げるのに苦労したとも考えられます。ファミリー層や中高年層などへのセグメント拡大が十分でなく、結果として若年層の熱が冷めると来店客数が大きく減少しました。
一方、競合のサーティワンはファミリーから若者まで幅広い層に支持されるポジショニングを長年維持しています。コールドストーンはポジショニングの再定義(例えば「カジュアルに楽しめるデザートカフェ路線」への転換など)を図れないまま、狭いセグメント内で消費者の関心が薄れてしまったように見えます。
4P分析
Product(製品)
コールドストーンの商品は出来立てのアイスクリームに自由なトッピングを混ぜ込む独自性が売りでした。品質自体の評価は高く、味では「純粋にコールドストーンの方が上」という声もあるほどです。
しかし製品コンセプトの鮮度を維持する工夫(新フレーバー開発や他業態とのコラボスイーツ展開など)が不足し、類似コンセプトのロールアイス登場や他社の模倣により独自性が希薄化しました。
言い換えれば、製品そのものの強みはあってもプロダクトライフサイクルの成熟期以降に対応したイノベーションが乏しかったといえます。
Price(価格)
前述の通り高価格路線で、プレミアム戦略に寄り過ぎていました。原材料や接客コストを考えれば致し方ない部分もありますが、日本市場では割高感が否めず、安価な代替品との競合で不利になりました。
一方で値下げを乱発すればブランド価値の毀損につながるジレンマもあります。最終的には価格に見合う付加価値を打ち出せなかったことが痛手となりました。
Place(流通・立地)
店舗というリアルチャネルへの依存度が高く、かつ出店エリアが限定的でした。
ピーク時でも全国34店舗と、サーティワンの30分の1以下の規模です。このため地理的なカバー率が低く、「行きたいときに行けない」ブランドになってしまいました。
ホットランド傘下でショッピングモール中心に展開したものの、都市圏から撤退してアウトレットのみになったことで日常の立地から遠ざかり、結果としてPlaceの弱さがブランド想起率の低下を招いたと考えられます。
近年はECやデリバリーで食品を届けることも可能ですが、コールドストーンの場合その場の体験価値が肝であるためデジタル展開も難しく、流通チャネル戦略の打ち手が限られていました。
Promotion(プロモーション)
オープン当初はメディア露出や口コミで爆発的に認知を広げましたが、ブーム後のプロモーション戦略はやや失速しました。SNS全盛期に入って他社がタイアップ企画や映える新商品で話題を振りまく中、コールドストーンはキャンペーンの打ち出し頻度が少なくインパクトに欠けた印象があります。
また、肝心の歌うパフォーマンスも日本人に広く受け入れられる施策にはなりきらず、逆にプロモーション上のハードルになった可能性もあります。結果として、「最近コールドストーンの話題を聞かない」という状態が長く続き、広告宣伝や販促による顧客エンゲージメントの維持に課題を残しました。
以上を総合すると、コールドストーン衰退の背景には明確なマーケティング上の失敗が浮かび上がります。
まとめ
コールドブランドの強力なブランド体験は今なお消費者の記憶に残っており、閉店発表時に懐かしく思い出した方も多いかと思います。しかしながら、コールドストーンが日本で一時代を築きながらも衰退してしまったのは、「商品コンセプトの鮮度維持」「価格と価値のバランス」「チャネル戦略の拡充」「継続的な話題創出」など、マーケティングの基本課題に関する問題が原因と言えそうです。その盛衰から学べるマーケティングの教訓は多いと感じました。