保険業界では2025年末から2026年にかけて、生成AIの活用が「一部部署での実証実験」から「全社員規模での本格導入」へと大きく段階を進めています。この記事を読むと、損害保険・生命保険それぞれの主要企業がどの業務に生成AIを使っているか、どのAIプラットフォームを採用しているか、そしてどの程度の効果を見込んでいるかが具体的にわかります。
自社での生成AI導入を検討している保険業界の担当者はもちろん、他業界の方にとっても、規制の厳しい業界がどのようにAIエージェントを段階的に広げているかは参考になるはずです。まずは損害保険会社の事例から見ていきましょう。
損害保険会社の生成AI活用事例
SOMPOホールディングス・損保ジャパン|国内グループ3万人にAIエージェント導入
SOMPOホールディングスは2025年12月26日、国内グループ会社の社員約3万人を対象に「SOMPO AIエージェント」を2026年1月から導入すると発表しました。単一の企業グループにおける国内社員への導入数としては最大規模とされています。
実証実験ではGoogle Cloudの「Gemini Enterprise」をメインツールに採用し、社内文書の検索・要約や議事録作成支援、データ分析補助に加え、保険事業の知見に特化したカスタムAIエージェントの開発まで検証範囲に含めています。あわせてMicrosoft「Copilot Studio」の検証も並行して進めており、特定ベンダーに依存しない姿勢がうかがえます。管理職以上には「SOMPO AIエージェントリーダーシップ研修」の受講を必須化するなど、人材育成も同時に進めている点が特徴です。
中核事業会社の損保ジャパンでは、これに先立つ2025年6月から、生成AIを用いたナレッジ照会回答支援システム「おしそんLLM」を全国の営業店で稼働させています。本社への年間問い合わせ件数が67万件に達し、回答管理そのものが負担になっていたという課題に対し、2024年度の一部店舗での試行では、AIが回答可能な照会(全体の約6割)で約4割の効率化効果が確認されたことから、全国展開に踏み切りました。
東京海上日動|全社員向け生成AIからコンタクトセンターAIまで
東京海上日動火災保険は、2023年10月に全社員向け生成AI「One-AI for Tokio Marine」の活用を開始しており、保険業界の中でも比較的早い段階から全社的な生成AI活用に取り組んできました。文章・資料作成や情報検索、議事録・レポートの要約といった日常業務の効率化が中心です。
2026年3月からはコンタクトセンター領域にもAIを導入し、顧客からの電話対応から応対後の処理までを支援する体制を整えました。通話内容の解析をもとに応対品質の底上げを図る取り組みで、CTC(伊藤忠テクノソリューションズ)とPKSHAの技術支援を受けています。さらに、代理店からの照会対応についても、担当振り分けの自動化やFAQ作成の効率化を目指す実証実験をカラクリと共同で進めるなど、社内効率化から代理店支援、顧客対応へと段階的に活用範囲を広げているのが特徴です。
損害調査の分野では、2019年からドローンで撮影した画像をAIで解析し、工場や倉庫で発生した損害の調査から修理費算出までを行う取り組みも継続しており、生成AIブーム以前からの画像解析AIの蓄積が、近年の生成AI活用の土台になっていると考えられます。
あいおいニッセイ同和損保(MS&ADグループ)|生成AI専用保険から代理店FAQまで
MS&ADインシュアランス グループのあいおいニッセイ同和損保は、他社とはやや異なるアプローチで存在感を示しています。2024年2月には、生成AIの利用に伴うリスクを補償する国内初の「生成AI専用保険」を株式会社Archaicと共同開発し提供を開始しました。生成AIを「使う側」だけでなく、生成AI活用のリスクを「引き受ける側」としても事業機会を捉えている点がユニークです。
業務効率化の面では、2024年11月に野村総合研究所と共同で、保険商品の募集文書を生成AIが審査・点検するツールを開発し、2024年12月から運用を開始しました。2025年2月からは大日本印刷と共同で、生成AIを活用した代理店向けFAQチャットボットの提供を開始し、約4万店の代理店を対象に問い合わせ対応を効率化しています。同年11月には、走行データをもとに生成AIが安全運転アドバイスを作成する「運転アドバイスプラットフォーム」の実証実験も始めており、社内業務の効率化と顧客向けサービスの両輪で生成AIを活用しています。
生命保険会社の生成AI活用事例
明治安田生命|営業職員3.6万人が使うAIエージェント「MYパレット」
明治安田生命は2024年10月、営業活動を支援するAIエージェント「MYパレット」を導入しました。「MYリンクコーディネーター」と呼ばれる営業職員約3.6万人が利用しており、新規顧客の開拓からアプローチ、提案、アフターフォローまでの営業プロセス全般を「デジタル秘書」として支援しています。
この取り組みはアクセンチュアとの2030年3月までのパートナーシップ契約に基づくもので、投資規模は約300億円を想定し、内製化を進めるための人材を社内に300人規模で育成する計画です。営業支援だけでなく、経営・法務・ヘルスケア領域に特化したAIの開発も進めており、全役職員の業務効率化を見据えた全社的な取り組みとなっています。
メットライフ生命・住友生命|査定・本人確認業務のAI活用
生命保険会社では、契約や支払いの正確性・安全性に直結する業務でのAI活用が目立ちます。メットライフ生命は、保険金・給付金の不正請求検知にAIを活用する査定システムを導入し、査定フローの改善につなげています。
住友生命は、顧客がスマートフォンなどでアップロードした運転免許証や健康保険証といった本人確認書類の画像を、AI-OCRで自動判定する「スマートOCR 本人確認書類」をアイリックコーポレーションと共同で採用しました。本人確認に不要な記号やQRコードを自動でマスキングする機能も備えており、顧客の手続き負担軽減と個人情報保護を両立させている点が特徴です。
日本生命・第一生命|国産基盤モデル企業への出資で技術基盤を強化
日本生命と明治安田生命は2025年2月、日本発の生成AIスタートアップ「Sakana AI」への出資を発表しました。第一生命や東京海上日動も2024年9月の出資ラウンドに参加しており、生保・損保の主要各社が横並びで日本発の基盤モデル開発を支援する構図になっています。自社での生成AI活用にとどまらず、国産の基盤技術そのものに投資することで、将来的な技術選択肢の確保とセキュリティ・規制対応の両面を見据えた動きといえるでしょう。
保険業界の生成AI活用事例|比較表
| 企業 | 主な取り組み | 活用AI/パートナー | 対象・規模 |
|---|---|---|---|
| SOMPOホールディングス | 全社AIエージェント導入 | Gemini Enterprise、Copilot Studio検証 | 国内グループ社員約3万人 |
| 損保ジャパン | 照会回答支援「おしそんLLM」 | 自社開発LLM | 全国営業店 |
| 東京海上日動 | 全社員向け生成AI/コンタクトセンターAI | One-AI、CTC・PKSHA | 全社員/コンタクトセンター |
| あいおいニッセイ同和損保 | 生成AI専用保険、代理店FAQ | Archaic、NRI、DNP | 代理店約4万店 |
| 明治安田生命 | 営業支援AIエージェント「MYパレット」 | アクセンチュア協業 | 営業職員約3.6万人 |
| メットライフ生命 | 不正請求検知システム | 自社導入AI | 査定業務全般 |
| 住友生命 | 本人確認書類のAI-OCR | アイリックコーポレーション | 新契約手続き |
| 日本生命・第一生命・東京海上日動・明治安田生命 | 国産基盤モデルへの出資 | Sakana AI | グループ横断 |
事例から見える3つのトレンド
社内効率化から代理店・顧客接点への拡大
損保ジャパンの「おしそんLLM」やあいおいニッセイ同和損保の代理店向けFAQチャットボットのように、当初は社内のナレッジ照会や文書作成といった内向きの効率化から始まり、その後に代理店対応や顧客接点へと活用範囲を広げていく流れが共通しています。いきなり顧客対応を自動化するのではなく、効果を数値で確認しながら段階的に展開範囲を広げる進め方は、保険業界に限らず参考になる考え方です。
自社開発とプラットフォーム活用の使い分け
損保ジャパンやSOMPOホールディングスは自社独自の生成AIを開発・展開する一方、SOMPOホールディングスの実証実験ではGemini EnterpriseやCopilot Studioといった外部プラットフォームの検証も並行して進めています。1つのベンダーに固定するのではなく、業務内容や検証段階に応じて自社開発と外部プラットフォームを使い分ける姿勢は、なお、こうしたベンダー選定の考え方は金融業界の生成AI活用事例まとめで紹介した銀行・証券会社の動きとも共通しています。
生成AI自体をリスクとして商品化する動き
あいおいニッセイ同和損保の「生成AI専用保険」は、保険会社が生成AIの「利用者」であると同時に、生成AI活用に伴うリスクを補償する「提供者」でもあるという、保険業界ならではの二面性を示す事例です。企業が生成AIを業務に組み込むほど、誤情報の生成や著作権侵害、システム障害といった新たなリスクへの備えも必要になり、こうした保険商品の需要は今後さらに高まると考えられます。
保険業界で生成AIを導入する際の注意点
保険業界は個人情報や資産情報、健康情報など機微な情報を大量に扱うため、生成AI導入にあたっては特に慎重な設計が求められます。今回紹介した事例でも、住友生命のAI-OCRが本人確認に不要な情報を自動マスキングする仕組みを備えているように、個人情報保護を前提とした機能設計が随所に見られます。
また、査定や不正検知のようにお客様の金銭的な利益に直結する業務にAIを活用する場合は、AIの判断をそのまま自動実行するのではなく、最終的な承認は人が行う体制を残すことが重要です。メットライフ生命の不正請求検知システムも、あくまで査定フローを改善する支援ツールという位置付けであり、AIが単独で支払い可否を決定しているわけではない点に注意が必要です。他業界の担当者がこの記事を参考にする場合も、「AIに任せる範囲」と「人が最終判断する範囲」を明確に切り分ける設計を意識するとよいでしょう。
疑問点
Q. 保険業界で生成AIが最も活用されている業務は何か。
A. 社内の文書作成・情報検索・議事録要約といった汎用業務がまず先行し、その後にコールセンターや代理店向けの照会応答、損害調査、本人確認などの専門業務へと広がっています。
Q. どのAIプラットフォームが多く採用されているか。
A. Google CloudのGemini Enterprise、Microsoft Copilot Studio、各社独自開発の生成AIなど、特定のベンダーに一本化せず複数を併用・検証する企業が目立ちます。
Q. 中小規模の保険代理店でも参考にできるか。
A. あいおいニッセイ同和損保の代理店向けFAQチャットボットのように、大手保険会社が代理店支援のためのAIツールを提供する動きが広がっており、代理店側が自らAIを開発しなくても恩恵を受けられる仕組みが増えています。
まとめ
2026年の保険業界では、SOMPOホールディングスや明治安田生命のように数万人規模でAIエージェントを導入する動きが本格化する一方、損保ジャパンの「おしそんLLM」やあいおいニッセイ同和損保の代理店FAQのように、現場の課題を起点にした地に足のついた活用も着実に広がっています。個人情報や資産情報を扱う業界特有の慎重さを保ちながら、社内効率化から代理店・顧客接点へと段階的に活用範囲を広げていくアプローチは、業界を問わず生成AI導入を検討する際の参考になるはずです。
参考サイト・引用元リンク
- 国内グループ会社社員約30,000人を対象にAIエージェント導入開始(SOMPOホールディングス プレスリリース/PR TIMES)
- 損保ジャパン、生成AIを用いたナレッジ照会回答支援システム「おしそんLLM」を構築(IT Leaders)
- 東京海上日動火災保険株式会社 全社員向け生成AI”One-AI for Tokio Marine”の活用開始(東京海上日動 公式PDF)
- 東京海上日動、コンタクトセンターの応対品質高めるAIシステムを導入(dcross)
- カラクリ、東京海上日動と協働 生成AIを活用した照会応答業務の高度化を目指した実証実験を開始(PR TIMES)
- 東京海上日動、損害調査にドローン・AI 保険金支払い迅速化(日刊工業新聞)
- あいおいニッセイ同和損害保険とArchaic「生成AI専用保険」の提供開始(あいおいニッセイ同和損保 公式PDF)
- あいおいニッセイ同和損害保険と大日本印刷「生成AIを活用した代理店向けFAQチャットボット」提供開始(あいおいニッセイ同和損保 公式PDF)
- あいおいニッセイなど、生成AIを活用した「運転アドバイスプラットフォーム」を開発(日本経済新聞)
- 明治安田生命、生成AIの活用に300億円投資、デジタル秘書を全従業員に展開(IT Leaders)
- 明治安田生命、全社での生成AI活用視野に営業職3万6000人が使うAIエージェントを導入(dcross)
- メットライフ生命保険、保険金の査定業務にAIシステムを導入(Shift Technology)
- 住友生命「スマートOCR 本人確認書類」でペーパーレスな新契約手続きを実現(アイリックコーポレーション PR TIMES)
- 日本生命、日本発のグローバルAI企業であるSakana AIへ出資(日本経済新聞)
- 第一生命、Sakana AIに投資で日本発次世代型基盤モデル開発を後押し(保険業界ニュース)
- 金融業界の生成AI活用事例まとめ|メガバンクからネット銀行までの最新動向【2026年8月】(Ninth Code)

