生成AIの活用は、民間企業だけでなく地方自治体にも急速に広がっています。総務省が2025年6月30日時点でまとめた調査によると、生成AIを導入済みの団体は都道府県で87.2%、指定都市で90.0%に達しました。一方、その他の市区町村では29.9%にとどまっており、規模による導入格差が大きいのが実情です。それでも実証実験や導入予定を含めれば、都道府県・指定都市はほぼ100%、市区町村も51%が生成AI活用に向けて動き出しています。
自治体における生成AIの用途は、庁内の文書作成・議事録要約といった内部業務の効率化から、住民向けチャットボットによる問い合わせ対応、さらには政策立案のための市民の声の分析まで多岐にわたります。問い合わせ対応領域では生成AI活用事例|問い合わせ対応・カスタマーサポート編で民間企業の取り組みを取り上げましたが、自治体の住民向けチャットボットも本質的には同じ「問い合わせを完結させる」という課題に向き合っています。
この記事では、2023年から2026年にかけて発表された自治体の生成AI活用事例を、横須賀市、神戸市、渋谷区、佐賀市、東京都、つくば市の6つの自治体を中心に、公式発表や一次資料に基づいてまとめます。自治体職員の方はもちろん、行政のDXに関心のあるビジネスパーソンの方にも、具体的な数値と合わせて参考にしていただければと思います。
全庁的なAI基盤整備の事例
まず、特定の業務に限定せず、職員全体が日常的に生成AIを利用できる環境を整備した自治体の事例を見ていきます。
横須賀市|日本初の全庁的ChatGPT活用実証
神奈川県横須賀市は、2023年4月20日から日本の自治体として初めてChatGPTの全庁的な活用実証を開始しました。自治体専用ビジネスチャット「LoGoチャット」とChatGPTを連携させ、全職員が文章作成、文章の要約、誤字脱字のチェック、アイデア創出などに利用できる環境を構築しています。
同年6月5日に公表された結果報告によると、利用開始から約1か月間で全職員約3,800人のうち約1,900人、つまり半数がChatGPTを利用しました。最終アンケート回答者のうち約8割の職員が「仕事の効率が上がる」「利用を継続したい」と回答しました。一方で、ChatGPTの利用用途に本来向いていない「検索用途」での利用が約3割見られたことや、6%程度の職員が「概ね不適切な回答が返ってくる」と回答したことも明らかになっており、生成AIの得意・不得意を職員に周知する必要性も浮き彫りになりました。横須賀市はこの実証結果を踏まえて本格実装に移行し、AI戦略アドバイザーを新たに迎えるなど、継続的な活用の幅を広げています。
神戸市|Copilotの全庁展開から独自AI基盤「KOBE AI PORT」へ
神戸市は2023年6月から9月にかけてChatGPTの試行利用を実施した後、2024年2月からは全庁約1万2,000人の職員がMicrosoft Copilotを利用できる環境を整備しました。文書の要約・翻訳・議事録作成・草案作成など、幅広い業務での活用を進めています。
そして2026年4月からは、新たな庁内AI基盤「KOBE AI PORT」の運用を開始しました。株式会社リコーが2026年7月8日に発表したところによると、リコージャパンとリコーITソリューションズの支援のもと、オープンソースのLLMアプリケーション開発プラットフォーム「Dify」を活用してこの基盤を構築しています。KOBE AI PORTの特徴は、インターネットを経由せず、自治体専用のネットワークであるLGWAN環境から直接アクセスできる点にあり、通常の業務用パソコンから即座に利用できるようになっています。外部の汎用チャットサービスに頼るのではなく、庁内向けに最適化された専用基盤を自前で持つという選択は、セキュリティ要件が厳しい自治体ならではのアプローチといえるでしょう。
東京都|全局5万人が使える文章生成AIガイドライン
東京都は2023年8月に「文章生成AI利活用ガイドライン」を策定し、全局の職員約5万人が文章生成AIを利用できる環境を整備しました。その後、実際に利用した職員へのアンケートをもとに、2024年1月には「都職員のアイデアが詰まった文章生成AI活用事例集」を作成・公表しています。
事例集で挙げられている効果としては、文章作成にかかる時間の短縮と文章品質の平準化、長文資料の要約による情報把握の迅速化、翻訳業務での多言語対応能力の獲得と外部委託コストの削減などが紹介されています。東京都はこの取り組みの中で、生成AIを「完成品を作るマシン」ではなく「たたき台を作るパートナー」と位置づけている点が特徴的です。白紙の状態から文章を書き始める作業をAIに任せることで、職員がより付加価値の高い「1を10にする」業務に集中できる環境づくりを目指しています。
住民対応チャットボット・窓口業務の事例
続いて、住民からの問い合わせに直接対応するチャットボットやAI相談サービスの事例を紹介します。
渋谷区|公開2か月で10万件のQ&Aに対応
東京都渋谷区は2025年3月26日、生成AIを活用したチャットボットサービスを開始しました。渋谷区の行政サービスの手続きや制度に関する問い合わせに対し、GPT-4o相当のモデルとRAG(検索拡張生成)技術を組み合わせることで、区独自の情報をもとにした回答をその場で生成する仕組みを構築しています。多言語対応や画像アップロード機能も備えており、幅広い住民のニーズに応えられる設計になっています。
導入効果は明確な数値として表れています。公開からわずか2か月で累計10万件のQ&Aを処理し、解決率は77%に達しました。定型的なFAQ対応にとどまらず、住民の質問意図をくみ取りながら自動応答する体制が、短期間で一定の成果を上げていることがうかがえます。
佐賀市|福祉・子育て分野を一体化したAI相談サービス
佐賀市は2025年2月、生成AIとRAGを組み合わせた「AIスタッフ総合案内サービス」を稼働させました。佐賀市役所が発表したプレスリリースによれば、これは九州で初めて、福祉と子育てに関する相談を一体的に扱うAI相談サービスとして位置づけられています。24時間いつでも相談できる体制を整えることで、平日の窓口対応時間に来庁できない住民層への対応力を高めている点が特徴です。
年間6万件を超える電話問い合わせを抱えていた佐賀市では、導入から4か月で電話による問い合わせ件数が15%減少しました。窓口や電話対応の負荷を軽減しつつ、住民がいつでも必要な情報にアクセスできる環境を両立させた事例として注目されます。
議事録作成・政策立案への活用
自治体の生成AI活用は、住民対応だけでなく、議会運営や政策立案といった内部プロセスにも広がっています。
つくば市|議事録の自動化から市民の声の可視化へ
茨城県つくば市では、市議会の議事録作成にAIによる自動文字起こしを導入しました。従来は議会終了後に専門の速記者が数日から1週間かけて議事録を作成していましたが、AIによる自動文字起こしの導入により、翌日には初稿が完成する体制へと変わりました。職員は完成した初稿をチェック・修正するだけで済むようになり、議事録作成にかかっていた負担が大幅に軽減されています。
さらにつくば市は、市議会の質疑や市民の意見を生成AIで分析し、政策提言に活用する仕組みも2024年度中に整えました。市議会の議事録などのテキストデータから、住民の要望や課題を生成AIが自動的に抽出・分類・可視化し、関連する他のデータと組み合わせることで、住民ニーズに即した行政運営や新たな住民向けサービスの実現可能性を検証しています。議事録作成という定型業務の効率化にとどまらず、そこで生まれた時間や蓄積されたデータを政策立案という本来注力すべき業務に還元している点が、つくば市の取り組みの興味深いところです。
自治体が生成AIを導入する際の留意点
自治体で生成AIを扱う場合、民間企業以上に配慮すべき点があります。第一に、住民の個人情報や要配慮個人情報を取り扱う機会が多いため、入力データの外部送信の範囲や保存期間について、庁内でガイドラインを整備しておく必要があります。神戸市のKOBE AI PORTのように、庁内専用ネットワークであるLGWANから直接アクセスできる基盤を選ぶ動きは、こうした情報セキュリティ上の要請に応えるための一つの解といえるでしょう。
第二に、横須賀市の実証結果が示すように、職員側のリテラシーにばらつきがある点も見過ごせません。検索エンジンの代わりに生成AIを使ってしまい、事実と異なる回答をそのまま信じてしまうといった誤用も一定数発生します。ガイドラインの整備と合わせて、活用事例集の共有や職員研修を通じて、生成AIが得意な業務と不得意な業務の切り分けを浸透させていくことが、全庁的な活用を軌道に乗せるうえで欠かせません。
第三に、渋谷区や佐賀市の事例が示すとおり、住民対応チャットボットは「解決率」や「問い合わせ件数の削減率」といった具体的なKPIを設定し、公開から一定期間で効果を検証する運用が定着しつつあります。導入して終わりにせず、数値をもとに継続的に回答精度を改善していく姿勢が、住民満足度の向上にもつながっていくはずです。
自治体における生成AI活用のこれから
ここまで見てきた6つの自治体の事例には、共通する傾向がいくつか見られます。一つは、横須賀市や神戸市、東京都のように、まず全庁的に使える基盤を整備し、職員一人ひとりの日常業務を底上げするアプローチです。もう一つは、渋谷区や佐賀市のように、住民対応という特定の業務に絞り込んで生成AIを実装し、短期間で具体的な数値成果を示すアプローチです。そしてつくば市のように、定型業務の効率化で生まれた余力を、政策立案という自治体本来の役割に振り向ける動きも出てきています。
生成AIを導入済みの団体は都道府県で87.2%、指定都市で90.0%に達した一方、その他の市区町村では29.9%にとどまっています。人員や予算に限りがある小規模な自治体ほど、大規模自治体が公開している活用事例やガイドラインを参考にしながら、自庁の課題に合った形で段階的に導入を進めていくことが現実的な選択肢になりそうです。神戸市のKOBE AI PORTのように、LGWAN環境からアクセスできる専用基盤を自前で構築する動きも出てきており、今後はセキュリティと利便性を両立させた自治体向けAI基盤の選択肢が、さらに広がっていくことが見込まれます。
生成AIを活用した企業の導入事例全般については、Claude導入事例まとめでも各業界の動向を紹介していますので、あわせてご覧ください。
