物流業界は「2024年問題」と呼ばれるトラックドライバーの時間外労働規制強化を契機に、業務効率化への投資を加速させてきました。当初はAI-OCRによる伝票読み取りや配車計画の最適化など従来型のAI活用が中心でしたが、2023年後半から2026年にかけて、大規模言語モデル(LLM)を用いた生成AIの導入が、全社的な業務基盤の整備からコールセンター対応、帳票処理、運送業務に特化したシステムまで幅広く進んでいます。製造業の生成AI活用事例は製造業の生成AI活用事例まとめでも取り上げましたが、物流業界は「紙の帳票」「音声によるコールセンター対応」「複雑な配送・在庫データ」といった非構造データを扱う業務が多く、そこに生成AIが入り込みやすいという特徴があります。
この記事では、大手総合物流企業から物流DXスタートアップ、運送業向けクラウドサービスまで、2023年から2026年にかけて発表された生成AI活用事例を、企業名・数値を含めてまとめます。自社の物流業務に生成AIをどう取り入れるかを検討する際のヒントとしてお役立ていただければと思います。
全社基盤・データ分析を支える生成AI活用事例
大手総合物流企業では、まず全従業員が使える生成AI基盤を整備し、その後に個別の業務システムへ生成AIを組み込んでいくという段階的な展開が見られます。
NIPPON EXPRESSホールディングス|グループ3社・約33,000人に生成AIサービスを展開
NIPPON EXPRESSホールディングスは2023年9月13日、日本マイクロソフト社が提供するAzure OpenAI Serviceを通じてChatGPTを利用できる生成AIサービスを導入し、グループ3社・約33,000人の従業員を対象に運用を開始しました(NIPPON EXPRESSホールディングス公式プレスリリースより)。対象はNIPPON EXPRESSホールディングス、日本通運、NXキャッシュ・ロジスティクスの3社です。
社内向けの情報検索や文書作成、翻訳といった定型業務の効率化にとどまらず、全社的な生成AIリテラシー向上を狙った早期の大規模導入として位置づけられます。国内外に多数の拠点を持つ総合物流企業が、まず「全従業員が使える基盤」を整えた点が特徴で、その後の個別サービスへの生成AI組み込みの土台になったとみられます。
日本通運「DCX」|生成AI新機能「BI LLM Chat」で物流データ分析を自然言語化
日本通運は2026年8月19日、AI搭載型物流Webアプリ「DCX(デジタル・コマース・トランスフォーメーション)」のデータ分析オプションサービス「Business Insight」において、生成AI(大規模言語モデル)を活用した新機能「BI LLM Chat」の提供を開始しました(NIPPON EXPRESSホールディングス公式プレスリリースより)。
「BI LLM Chat」は、「DCX」上に蓄積された顧客固有の物流データを、外部から隔離されたセキュアな環境下でAIが参照・解析し、自然言語での質問に対して迅速に回答を提示する機能です。従来、物流データの分析には専門知識を持つ担当者による集計やグラフ作成が必要でしたが、現場の担当者が「先月の遅延件数が多かった拠点は?」といった質問を投げかけるだけで、必要な分析結果を得られるようになります。全社導入から約3年を経て、個別のデータ分析サービスにまで生成AIが実装された事例です。
現場業務のペーパーレス化・省力化を進める生成AI活用事例
全社基盤の整備と並行して、コールセンター対応や帳票処理といった、現場の定型作業を生成AIで置き換える動きも広がっています。
SGシステム|AI音声認識・要約ツールでコールセンター業務を約30%削減
SGホールディングスグループでIT統括事業を担うSGシステムは2025年11月27日、独自開発した「AI音声認識・要約ツール」を関東支店のコールセンターに導入したと発表しました(SGホールディングス公式ニュースリリースより)。2025年3月から4月にかけて実施した実証実験では、コールセンター業務で月間約180時間の削減効果を確認しており、本格運用後は作業時間を約30%削減できる見込みだといいます。
ツールはシンプルな操作性と柔軟なカスタマイズ性を兼ね備え、短期間かつ低コストで導入できる点が特長とされています。オペレーターが顧客との通話内容を都度手入力で要約する作業を、生成AIによる音声認識・自動要約に置き換えることで、対応後の記録作成にかかる時間を圧縮する狙いです。SGシステムは今後、グループ内外へのツール提供も計画しており、コールセンター向け生成AI活用は生成AI活用事例まとめ|問い合わせ対応・カスタマーサポート編で紹介した通信・金融業界の事例とも共通する動きといえます。
Hacobu「MOVO Adapter」|生成AI-OCRで帳票をデータ化、安田倉庫が導入
物流DXスタートアップの株式会社Hacobuは、生成AIが帳票の内容を「読んで理解」し、必要な情報を抽出するAI-OCRサービス「MOVO Adapter」を提供しています(Hacobu公式プレスリリースより)。異なる書式の帳票からでも「配送日」「品名」といった情報を生成AIが自動判別し、既存システムにそのまま取り込める物流データとして出力できる点が特徴です。
倉庫業を営む安田倉庫は2026年4月20日、平和島営業所に「MOVO Adapter」を導入したと発表しました(Hacobu公式プレスリリースより)。入出荷依頼書の処理に活用しており、従来は担当者が手書きの訂正や欄外メモを含む非定型な書類を目視で確認しながらシステムに入力していた業務を効率化しています。生成AI以前のAI-OCRは事前に定義した書式しか読み取れませんでしたが、LLMの進化によって書式が統一されていない帳票でも意味を解釈しながら処理できるようになった点が、物流現場での活用が広がる背景にあります。
運送業務に特化した生成AI活用事例
大手企業だけでなく、運送業に特化したクラウドサービスにも生成AIの組み込みが進んでいます。
アセンド「ロジックス」|点検・整備費のデータ入力工数を最大70%削減
運送業向けクラウドサービスを手がけるアセンド株式会社は2026年8月20日、運送業特化の配車計画・収益分析システム「ロジックス」に、生成AIを活用した点検・整備費の自動取込み機能を追加したと発表しました(アセンド公式プレスリリースより)。
新機能はAI-OCRを用いて、トラックの点検・整備費に関する請求書や整備明細のデータを自動で読み取り、「ロジックス」上に取り込みます。従来のAI-OCRは事業者ごとに異なる書式に対応できず、担当者が手作業で費目を仕分けする必要がありましたが、LLMの進化により「何の費用か」「どの車両にかかった費用か」といった意味を解釈したうえで、費目を自動的に判別・仕分けできるようになりました。これにより、点検・整備費のデータ入力工数を従来比で最大70%削減できるとしています。中小規模の運送事業者が多い業界において、専門システムベンダーが生成AIを組み込むことで、大手企業でなくても効果を得やすくなっている点が注目されます。
物流業界における生成AI活用の共通点と今後の展望
ここまで紹介してきた5つの事例を振り返ると、業種や規模は異なっていても共通する傾向がいくつか見えてきます。
「紙」と「音声」という非構造データの処理に集中している
日本通運のBI LLM Chatは構造化された物流データを自然言語で扱えるようにするものですが、SGシステムのコールセンター要約やHacobu・アセンドの帳票OCRは、いずれも「音声」や「手書きを含む非定型な紙」という、これまでAIが最も苦手としてきた非構造データの処理に生成AIを充てています。物流業界には未だに紙の伝票や電話・FAXでのやり取りが多く残っており、そこに生成AIが入り込むことで、デジタル化の最後のボトルネックが解消されつつあるといえます。
汎用LLMの全社導入から、業務特化型サービスへの流れ
NIPPON EXPRESSホールディングスのように、まずは汎用的なChatGPTを全社員に開放する形で生成AI活用を始めた企業が、数年を経て自社の基幹アプリに生成AI機能を組み込む段階へ進んでいる点も特徴的です。Hacobuやアセンドのような物流特化型のシステムベンダーも、自社サービスに生成AI機能を追加することで、個々の物流会社が自前でLLMを扱う専門人材を抱えなくても効果を得られる形を作っています。今後は、こうした業務特化型サービスへの生成AI組み込みが、中小の物流事業者にも広がっていくことが見込まれます。
まとめ
物流業界では、NIPPON EXPRESSホールディングスのグループ全社への生成AI展開、日本通運「DCX」の生成AI新機能「BI LLM Chat」、SGシステムのコールセンター向けAI音声認識・要約ツール、Hacobu「MOVO Adapter」による帳票の生成AI-OCR化、アセンド「ロジックス」の点検・整備費自動取込みと、全社基盤の整備からコールセンター、帳票処理、運送業務特化のシステムまで幅広い領域で生成AI導入が進んでいます。いずれの事例も、電話やFAX、紙の伝票といったアナログ業務が根強く残る物流現場の課題に、生成AIがどう向き合うかという視点で共通しています。自社の物流業務に生成AIを取り入れる際は、まず社内に残っている「紙」と「音声」の業務を洗い出し、どこから着手すれば効果を測定しやすいかを見極めることが、導入の第一歩になりそうです。
参考サイト
- NIPPON EXPRESSホールディングス、グループ内向け生成AIサービスを導入(NIPPON EXPRESSホールディングス公式プレスリリース、2023年9月13日)
- 日本通運、物流Webアプリ「DCX」でAIと対話できる新機能「BI LLM Chat」の提供を開始(NIPPON EXPRESSホールディングス公式プレスリリース、2026年8月19日)
- 独自開発のAI音声認識・要約ツールでDXを実現(SGホールディングス公式ニュースリリース、2025年11月27日)
- Hacobu、生成AIが帳票を物流データ化するAI-OCR「MOVO Adapter」提供開始(Hacobu公式プレスリリース)
- 安田倉庫、生成AIで書類のデータ化—読んで理解するHacobuのAI-OCR「MOVO Adapter」を導入(Hacobu公式プレスリリース、2026年4月20日)
- 生成AIの活用により、点検・整備費のデータ入力工数を70%削減(アセンド株式会社公式プレスリリース、2026年8月20日)
